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夏季オリンピックの思い出を語る~part1~

   

さて、こちらの企画では夏季オリンピックの思い出を語ってもらおうというものです。

オリンピックは人々の心に深く残り、オリンピックの選手たちの頑張りを見たことで「自分も将来オリンピックに出たい」と考える人もいるでしょう。

今回は夏季オリンピックの思い出を3人の方に話してもらいました。

 

北京五輪で輝いたリレーメンバー4人の勇姿

私が感動した夏季五輪の名場面というと、2008年の北京五輪での4×100mリレーの銅メダル獲得です。

日本人は個人種目では、100mや200mではなかなか他国の選手の太刀打ちできなかったものの、リレーとなると毎回決勝に進み、メダルまであと一歩の4位、5位あたりを何度もとってきました。

北京五輪はちょっと違いました。決勝に進むと、アメリカやイギリスなどのメダル候補の国が予選で失格になったこともあり、日本が現実的にメダル圏内に入ることになります。そして、決勝でも日頃からリレー合宿をやっている成果を見せ、ジャマイカ、トリニダードトバコに次ぎ、3位で入選し、見事銅メダルを獲得しました。

陸上競技の短距離ではなかなか日本が活躍する瞬間というのはなかったのですが、こういったシーンが見られるとは思わなかったので、本当に素晴らしいことと思うと同時に、客席で応援していた為末大選手が泣いているのを見て、こっちももらい泣きしそうになるくらいでした。自分自身が陸上競技の短距離が好きということもあって、この銅メダルは本当に人一倍嬉しかったです。今は若い選手たちが同じく短距離で頑張っていますが、あのときの感動を再びオリンピックで見たいものです。

 

ミュンヘンの男子バレーは大興奮しました

バレーと言えば女子バレーの方が有名で実績を残していましたが、ミュンヘン男子バレーはテレビで見ていてスリル満点の試合でこれほど感動したことはありません。

松平監督、森田、横田、大古、猫田の名前は今でもすぐに出てきます。

準決勝のブルガリア戦の死闘はすさまじく、2セットを先に連取されたときはもしかしたら負けてしまうにかもと思ってしまいました。さらに3セット目もリードされたときに南に交代したときはこれは本当に危ないと思いました。ベテランで顔もいかつかったので子供ながらも大丈夫かなと思っているとブルガリアのミスが目だってきました。このセットもぎ取り続く第4セットも奪ったのですが、最終セットも相手にリードを奪われたのでここまでかと思いましたが、執念の大逆転をしたので涙がでてきました。

オリンピックの前にミュンヘンへの道というアニメと実写が混じった番組を放映していたのを欠かさず見ていました。

特に森田の1人時間差攻撃は素晴らしく感動物です。この番組はミュンヘンで本当に男子バレーが金メダルを取れるのかわからないときに放映していたので、本当に取れたときはこんなことがあるのかと深く印象に残りました。今後こんな奇跡はおきることはないだろうと思います。

 

アトランタ五輪のサッカー

スポーツ全般見るのが好きなので、オリンピックは毎回見ているのですが、私はサッカーをやっていたことから、どうしても一番オリンピックでぱっと思い浮かぶ名シーンは、1996年アトランタ五輪の日本対ブラジルの試合です。

このとき、日本は一度もW杯に出たことがなく(この後1998年フランス大会に初出場)、サッカーの世界では日本は完全に雑魚で無名で、誰も期待をしていない。はっきり言ってそのレベルの存在でした。勿論、日本人は健闘を祈っていたのですが、それでも世界ナンバーワンのサッカー王国ブラジルに誰一人勝てるとは思っていない、と考えていた試合でした。

ところが、試合が始まってみると、試合展開は戦前の予想通り、ブラジルが圧倒的に支配し、日本が防戦一方との展開だったのですが、ブラジルが打つシュート打つシュート、全てGKの川口能活選手が止める奇跡のセービング連発でした。

時間がたつにつれ、まさか…いやもしかして…これは…とドキドキしていった気持ちが忘れられません。そして試合のハイライトでもある日本の得点シーン。こういった内容の場合、得てしてこんなラッキーな形で点が入るのかと思うような相手のミスで得点をし、日本人でも誰一人想像していなかった1-0の勝利。これには感動しました。なにせ防戦一方で、30本以上シュートを打たれ、それでも耐え抜いたのですからね。

弱者が相手の攻撃を体を張って必死で耐え、唯一のチャンスをものにし王者を倒す。日本人が大好きな展開で胸が熱くなりました。

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