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夏季オリンピックの思い出を語る~part2~

   

こちらの企画では夏季オリンピックの思い出を語ってもらおうというものです。

part1はこちらです。

オリンピックは人々の心に深く残り、オリンピックの選手たちの頑張りを見たことで「自分も将来オリンピックに出たい」と考える人もいるでしょう。今回は夏季オリンピックの思い出を2人の方に話してもらいました。

歴史に残る大番狂わせ、マイアミの奇跡

サッカーにおいてブラジルは常に世界トップクラスの実力を誇る南米の強豪国。

日本が勝てるはずがないというのが世界の常識でしょう。しかし、1度だけその常識を覆したのが、1996年のアトランタ五輪でした。

試合会場にちなんでマイアミの奇跡と呼ばれ、サッカー史に残る番狂わせとされています。

当時のブラジル五輪代表は94年のW杯でA代表が優勝したばかり。オーバーエイジでA代表からレギュラーのベベット、アウダイール、リバウドの3選手を入れ、23歳以下のメンバーにもロナウド、ロベルト・カルロス、ジュニーニョら後にワールドクラスとなる選手を揃えていました。前評判では優勝候補の筆頭だったのです。

これに対し、日本代表は1968年のメキシコ五輪以来の出場で、実力は大きく見劣りしていました。

試合は大方の予想通り、ブラジルがボールを支配し、日本ゴールへ襲いかかる展開。GKの川口能活選手の好セーブと幸運もあり、0対0のまま試合が進みました。

雨あられとシュートを打ちながら、1点が遠いブラジルに焦りの色が見え始めます。後半27分、左サイドの路木龍次選手がゴール前へ蹴り出した苦し紛れのロングボールが試合を決めたのです。焦ったDFのアウダイール選手とGKのジーダ選手がぶつかって転倒。

ゴール前を転がるボールを伊東輝悦選手が蹴り込み、先制しました。残り時間もブラジルの猛攻が続きましたが、結局得点は入らず、日本が歴史的な勝利を挙げました。余りにも守備的な戦い方でしたが、この日の日本代表の集中ぶりは素晴らしいものでした。

サッカーにおける守りの大切さにあらためて気づかせてもらった気がしました。

 

高橋尚子選手の金メダル

2000年に行われたシドニーオリンピックで同年代でもあるマラソンの高橋尚子選手の爽やかな金メダルが忘れられません。

私はマラソンはオリンピックなどで観戦するのは好きですが、自分はとても苦手な競技なので高橋選手が現役の頃にいつも気持ち良さそうに走っている姿がとても羨ましく思っていました。

彼女の走る姿は本当に生き生きとしていて観ていてとても気持ちが良いと思っていて自分もこんなに気持ちよく走る事はできたら気分がいいだろうな、といつも思っていました。

それなので、シドニーオリンピックに選ばれた時はとても嬉しかったです。本番もとても自身に満ち溢れている様子で、私はスタート前から優勝を確信していました。

スタートした時も彼女のペースで走り続け徐々にスパートしていった時にサングラスを投げ捨てた時の姿はい未だに焼き付いています。

そして、誰よりも速く速度も乱れる事なく走り続け、最後競技場に入って着た時のキラキラとした顔は忘れられません。

そして優勝のテープを切った時の高橋選手のとても爽やかな笑顔がとても印象的でやり遂げた達成感と走る事ってとても楽しいと思わせてくれた、素敵な笑顔は今まで観てきたマラソン選手では初めてではないかと思い、私の中では一番輝いて見えた瞬間でした。

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